#U10 アルキンの付加反応はなぜ遅い?アルケンとの比較で理解する反応機構:アルキンの反応①

#U:大学有機化学講義
🎯 この講義でわかること
  • アルケンの求電子反応とアルキンの求電子反応の相違点を説明できる
  • 連続的な反応における反応速度を記述できる
  • なぜ完全なカチオンを経由しないのかを説明できる
🏛️ この教室の理念

有機化学の“楽しみ方”を身につけることを目標に、
一つひとつの反応を丁寧に理解し、異なる視点から解説します。

教科書を10回読んだ博士学生 aIRa が、 ブルース有機化学を軸に
「理解でつなぐ大学有機化学」をかわいくお届けします。

「アルキンの付加反応って、結局アルケンと同じように考えていいんだよね?」

この質問にはっきり答えられますか。

反応式だけを見ると、たしかによく似ています。
教科書の説明も、アルケンの延長として書かれていることが多いでしょう。

でも実は、似ている反応だからこそ、その違いをしっかりと理解できているかがとても重要なのです。

少し踏み込んだ質問をされると、勉強したはずなのに急に言葉に詰まってしまう。
そんな経験がある人も多いはずです。

今回の記事で扱うのは、アルキンの反応を一から覚え直すことではありません。

アルケンで身につけた考え方を、どこまで使えてどのような視点が別で必要になるのか。それをはっきりさせることです。

今日はその整理を、講義の形で一緒にやっていきましょう。

やっほ〜🧪 博士課程有機化学研究生 aIRa(アイラ)です☆

専門書を何周も読んで見えてきた、“有機化学の本当の楽しみ方”を今日も一緒に見ていきましょう。

文字が苦手な人も図を追えるように構成しているので、
参考書のつもりでゆっくりどうぞ。
……それじゃ、始めましょう!ʕ•̀ᴥ•́ʔو ̑̑

今日解説するポイントを確認

今回の講義では、アルキンの求電子付加反応は“どんな中間体を経由するか”という部分を中心にアルケンとの違いを解説していきます。

まず、この講義で必ず押さえておいてほしい考え方のポイントを、先にまとめておきます。

この講義の結論
  • 完全なカルボカチオンを経由せず、π錯体を経由して進行する
  • ビニルカチオンはS性が高く、一級カルボカチオンより不安定である
  • 中間体の違いが、付加様式(アンチ付加) の違いとして表れる
  • アルキンと生成物のハロアルケンでは、反応性が同じではない
  • 反応を「どこで止められるか」は、反応速度の比較から判断できる

読み進めたあと、最後にもう一度このリストに戻ってきてください
頭の中で重要なポイントが反芻されて、知識の定着が効率的になります。

アルケンの求電子反応について、心配な人は関連記事を復習しましょう。

アルキンとは何か(構造と基本性質)

ここでは反応の話に入る前に、アルキンという官能基について、反応以前で間違えやすい点を確認します。

反応機構を正しく書いても、構造の読み違いがあると減点されがちですから、しっかり確認していきましょう。

アルキンは、炭素同士が直線型の三重結合でつながった化合物です。

命名法としては、アルカンの ane を yne に置き換えて命名します。
三重結合の位置番号は必ず必要です。
番号を書き忘れると、名前から構造を確定できません。
アルケンと同様ですが、位置番号を忘れないようにしましょう。

そして、混成軌道の考え方がのちに効いてくるのでここで確認しておきましょう。

アルキンはπ結合を2つ持っているので、残り2本のσ結合はsp混成軌道で形成されます。

この混成軌道はアルキンの反応においても電子的に重要な影響を与えます。

具体的な理由については3章で取り扱います。

慣用名がついている“アセチレン(C2H2)”も覚えておきましょう。

アルキンの求電子反応の特徴

アルキンのπ電子は求電子剤と反応する

アルキンもアルケンと同じく、π電子を使って求電子剤(H+,X2,ボラン)と反応します。
反応機構の電子の流れに大きな差はありません。

ところが、詳細の反応機構には違いが現れます。

アルキンでは、反応途中に完全なカルボカチオンを仮定しにくいことが知られています。

代わりに、プロトンが部分的に結合したπ錯体を経由すると考えられています。

また、付加の向きにも特徴があります。

アルケンでは付加様式に偏りはありませんが、

アルキンではアンチ付加が選択的に観測されます。

同じπ電子の反応なのに、なぜこのような違いが生じるのでしょうか。次節以降では、なぜこのような特徴が現れるのかを、順に確かめていきます。

ビニルカチオンはなぜ経由しにくいか

アルキンの反応では完全なカルボカチオンを仮定すると説明が不自然になります。
その理由は、生成しうるカチオンの性質にあります。

アルキンにプロトンが付加すると、二重結合上に正電荷をもつビニルカチオンが生じます。
このビニルカチオンは、第一級カルボカチオンよりも不安定です。
反応途中に現れる化学種としては、安定性が著しく低いと言えます。

この不安定さを無視して中間体として描くと、
反応機構は「書ける」ものの、「納得できる」説明にはなりません。

ブルース有機化学がビニルカチオンを中間体として積極的に採用しないのは、この点にあります。

#U4ではカルボカチオンの安定性を超共役の効果から比較しました。そちらもぜひ確認してくださいね

s性はカチオンの安定性を決める

ビニルカチオンが不安定になる理由は、「正電荷がどのような炭素に乗るか」を考えると見えてきます。

ビニルカチオンでは、正電荷はsp混成軌道をもつ炭素上に生じます。
このsp混成軌道は、s軌道の割合が非常に高い混成状態です。

s軌道の割合が高いほど、電子は原子核の近くに強く引き寄せられます。

もしこのような炭素に正電荷が生じたとしたら、電子密度はさらに下がり、状態は一層不利になります。

実質的には、電気陰性度の高い原子に正電荷を置くのと同じ状況です。

このため、sp炭素上に正電荷をもつビニルカチオンは、sp³炭素上に正電荷をもつ一級カルボカチオンよりも著しく不安定な化学種となります。

混成軌道は「形」だけでなく、「電子の居心地」も変えます。

π錯体を形成して反応が進行する

完全なビニルカチオンが不安定なら、反応は別の経路を取る必要があります。
そこで用いられる考え方が、部分的にプロトンが結合した「π錯体」です。

π錯体では、プロトンの付加と求核剤の攻撃が連続的かつほぼ同時に進行します。

その結果、正電荷は特定の炭素上に固定されず、π結合全体に分散した状態として扱うことができます。

このように考えれば、不安定なビニルカチオンを独立した中間体として仮定せずに反応機構を記述することが可能になります。

この説明が正しければ、反応にはいくつか特徴的な結果が現れるはずです。

実際、次の二つの事実はこの考え方とよく対応します。

cis-π錯体を経由している証拠
  • カルボカチオン転位が観測されないこと
  • ・付加がアンチ付加として進行すること

次節以降で、これらを一つずつ確認していきます。

完全なカチオン中間体を経由しないため、カチオン転位は進行しない

もしアルキンの求電子付加反応が、完全なカチオンを中間体として経由しているなら、カルボカチオン転位が起こる傾向が観察されます。

カルボカチオン転位は、より安定なカチオンを作るために起こる現象で、カチオン中間体が存在する反応ではしばしば観測されます。

ところが、アルキンへの求電子付加反応では、このような転位は観測されません。

これは重要な事実です。

もし反応途中にビニルカチオンが存在していれば、たとえ短寿命であっても、転位が起こる可能性を完全には排除できません。

それにもかかわらず転位が見られないということは、完全なカルボカチオンを中間体として経由していないことを強く示唆します。

この点は、π錯体を経由するという説明とよく一致します。

#U4でカルボカチオン転位について詳しく説明しています。気になったらその時に確認しましょう

π錯体経由の付加反応はなぜアンチ付加か

次に、付加様式に注目してみましょう。

もしアルキンの求電子付加反応が、完全なカルボカチオンを経由しているなら、次に起こる求核攻撃の向きに明確な制約はないはずです。

平面なカチオンに対しては、シン付加もアンチ付加も起こり得ます。

ところが実際には、アルキンへのHX付加や酸性条件での水和では、アンチ付加が選択的に観測されます。

この結果は、反応途中に立体的な偏りが存在することを示しています。

π錯体では、プロトンが一方の面に部分的に結合しており、アルキンの片面を立体的に塞いでいます。
そのため、求核剤は反対側からしか近づけません。

アンチ付加という付加様式は、π錯体を経由する反応機構とよく対応しています。

アルキンは連続反応を起こすこともしばしばあります。中間体であるからといって気を抜いてはいけません。付加様式を意識して書きましょう。

ビニルカチオン型の遷移状態を経由するためにアルケンよりアルキンは反応性が低い

ここまで、アルキンの求電子付加反応が完全なカルボカチオンを経由しないことをいくつかの観点から確認してきました。

しかしながら、アルキンの反応性はアルケンと比較して低いことが知られています。

それは、反応途中にはビニルカチオン的な遷移状態が現れからです。

この遷移状態では、正電荷がsp炭素上に強く偏り、アルケンの反応に比べて不利な電子状態になります。

その結果、活性化エネルギーは高くなり、反応速度は低下します。

これが、アルキンの求電子付加反応がアルケンより遅い理由です。

意外と忘れがちな、官能基選択性。理由も合わせて理解しておきましょう。

実際の反応機構

3章までで、アルキンの求電子付加反応はアルケンと似ていながら、異なる中間体を経由することを確認してきました。

ここからは、その考え方を実際の反応機構に当てはめて整理していきます。

HXの求電子付加

まず、アルキンの代表的な反応例として、2-ブチンへの塩化水素の付加反応を見てみましょう。

この反応では、アルキンのπ電子がプロトンと相互作用し、π錯体を経由して反応が進行します。

続く塩化物イオンの攻撃は、アンチの付加様式で起こり、生成物としてクロロアルケンが得られます。

ここで重要なのは、この反応が「アルケンを生成する」という点です。機構としては一段階の付加反応ですが、生成物も同じ求電子付加反応を起こしうることを意識する必要があります。

一当量のHXで反応はアルケンで停止するのか?

ここからは、反応機構の「書き方」ではなく、どうやって連続反応を制御するのかを考えます。

2-ブチンへのHX付加では、生成物としてクロロアルケンが生じます。
ここで少し立ち止まって考えてみましょう。

この生成物であるクロロアルケンも、同じHXと反応できるπ電子を持っています。

一当量のHXを加えたとき、反応が綺麗にクロロアルケンで停止するのでしょうか?

それとも、ジクロロアルカンが生成してしまうのでしょうか?

この反応を制御できるのかは、「アルキンとクロロアルケンのどちらが先にHXと反応するか」で決まります。

出発物質と生成物は、同じ試薬を取り合う関係にあるのです。

もし図中の仮説①のように、出発物質であるアルキンの反応が速ければ、HXはアルキンが独占的に反応することができるため、反応はハロアルケンの段階で止まりやすくなります

逆に、生成したハロアルケンの反応が速ければ、生成物のハロアルケンがHXを奪う形で反応は連続して進み、混合物になりやすくなります。

実際には、この反応は前者の挙動を示します。

つまり、反応性は

アルキン > ハロアルケン

という関係にあります。では、なぜハロアルケンは遅くなるのか。次節で電子的効果から確かめます。

ハロアルケンはアルキンよりも反応性が低い

ハロアルケンが反応しにくい理由は、置換基の電気陰性度にあります。

ハロゲンは、電気陰性度の高い原子です。

この置換基は、σ結合を通して電子を引っ張ります。

結果として、アルケンのπ電子密度が下がり、プロトンを受け取る能力が低下します。
このような、σ結合を介した電気陰性度に由来する効果を 誘起効果 と呼びます

電荷密度が低下すれば、求核力が低下します。

このことと実験的事実から、反応性は

 アルケン>アルキン>ハロアルケン 

となるのです。これが、HXの当量で反応が制御できる理由の一つです。

電子の非局在化が本体である電子的影響は”共鳴効果”と言います。これら二つの効果は別々の要因であると理解してください。

ハロアルケンは過剰量のHXと更に付加反応を進行させる

ハロアルケンはアルキンに比べて反応性が低いものの、過剰量のハロゲン化水素が存在すれば、さらに求電子付加反応が進行します

この段階では、どこにプロトンが付加すればより安定なカチオンが得られるかが重要になります。

2-ブチンから生成したZ-2-クロロ-2-ブテンの場合、プロトンは、塩素置換基をもつ炭素に正電荷が生じる経路を与えます

このカチオンは、隣接するメチル基による超共役に加え、塩素原子の孤立電子対による共鳴的安定化を受けます。

その結果、比較的安定なカチオンが形成され、同じ炭素にハロゲンが二つ導入されたgem-ジハロ化合物が生成します。

gem(ジェミナル)は同じ炭素に二つの同じ置換基がつくときに使われる接頭辞です。ラテン語で双子を意味する geminus に由来します。

X2の付加反応

アルキンは、アルケンと同様にハロゲン分子(X2)とも反応します。

この反応でも、π電子が求電子剤としてのハロゲン分子に作用し、環状ハロニウムイオンを経由して付加反応が進行します。

機構を見ると気づくと思いますが、アルケンのハロゲン付加反応と同じ考え方です。

重要なのは、その後の求核剤の攻撃がどの求核種によって起こるかという点でした。

溶媒が求核性をもつ場合には、溶媒の求核攻撃が観測されます。

HXの求電子付加の時と同様に、ハロゲン分子が過剰に存在する条件では、生成したアルケン部分も次の付加反応に進み、ハロゲン化アルキルまで連続して反応が進行します。

ここでも、反応がどこで止まるかは反応性の比較によって決まる、という視点が有効です。

#U3ではアルケンのX2求電子付加反応を説明しました。アンチ付加である理由もそこで解説しています。

まとめ

今回は、アルキンの付加反応をアルケンと比較しながら
反応の進み方と反応性の違いを整理してきました。

この講義の結論
  • 完全なカルボカチオンを経由せず、π錯体を経由して進行する
  • ビニルカチオンはS性が高く、一級カルボカチオンより不安定である
  • 中間体の違いが、付加様式(アンチ付加) の違いとして表れる
  • アルキンと生成物のハロアルケンでは、反応性が同じではない
  • 反応を「どこで止められるか」は、反応速度の比較から判断できる

アルキンとアルケンはどこが同じで、どこが違うのか。
一度理解した内容も、別の反応と比べ直すことで、見え方が変わってきます。

アルキン求電子付加反応には水和反応とヒドロホウ素化もありますが、これらの反応は次回ゆっくりと説明していきますよ。

終わりに

今日も有機化学のお勉強、お疲れさま〜〜( ̄▽ ̄)b☆

前提知識も必要だったから、難しいと感じた人もいたかもしれません。

アルケンの内容がちょっとまだ不安かも?

そう感じたなら、ぜひ戻って復習する。そして、またこの記事に戻ってくる。
なんかちょっと落ち着きのないブログコンセプトでしょうか?笑

落ち着きがないといえば、次に出てくるエノールもだいたいそんな性格。
じっとしてくれないし、コロコロすぐ形を変える。

次回は、水和反応から入って、ケト‐エノール互変異性化へ進みます。
落ち着きのない分子はどうなってしまうのか。

難しいかもしれない“ケド”、一緒に頑張りましょう!
私は意欲のあるみなさんに“エール”を送ります。

あなたにとって、有機化学が少しでも笑える学問でありますように。

それでは、またねーーー〜 (๑˃̵ᴗ˂̵)و♡

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