#C5 オリジナル小説「不完全ボタンを押す」

#C:雑談・生活

不完全ボタンを押す

机に向かっていると、1日が過ぎるのは早い。

昼間、窓から差し込んでいた木漏れ日はいつの間にか消えて、代わりに雨が降っていた。

僕は濡れたサンダルに足を入れてベランダに出る。

タバコに火をつけて大きく吸い、二、三秒後に吐き出した。

深呼吸のようなため息のような。そんな息遣い。

家は高速道路に面している。

静かな夜ではない。

でも、連続する車の音が寂しさを少しだけかき消してくれる。

煙をふかしながら、今日中に出したい記事の構想をまた考えてしまう。

休憩したくてベランダに出たのに、頭の中は止まらない。

昔からそうだ。
オンとオフが下手だった。

また知らぬまにタバコが吸い終わって、寒空に震えた体をさすりながら机に戻る。

2日前から進捗がない記事の原稿をみて画面から目を逸らした。

書いている最中は、この文が最善だと信じている。

でも書き終えて読み返すと、拙い文章が露呈して、半日前の自分をぶん殴りたくなる。

そうして三回も見直した頃には、接続詞にすら気色悪さを感じ始める。

ゲシュタルト崩壊というやつだろうか。

他の人の記事を見に行く。

当然のように整った文章が並んでいる。

胸のモヤモヤは晴れない。

忘れ去られていた冷たいコーヒーに目がいって、味わうことなく口に含んで飲み込む。

そうしてまた、傷だらけの手をキーボードの上で動かし始める。

よし。本文はこんなもんかな。

1時間して、ようやく画像制作に入れた。

仕事を細分化するのは良いけどよ。その区切り区切りで動かす腰が重いんじゃボケ。

一人暮らしをしているので、一人ノリツッコミができる。


舐められるのは、悔しい。

これは二十五年間生きてきて得た単純な経験則だ。

いじられキャラ。

それは、いじめっ子が使う便利な単語だと思う。

チビ。

バカ。

幼稚。

そんな罵倒を受けて、どうして人間が喜ぶだろう。

頭をコツンと殴られて、いてーよだなんて言って笑う。

どこからが本気の「やめて」なのか、自分でもわからなくなる。

思春期の僕は、興味を持ってもらえるだけで嬉しかったのかもしれない。

笑っていてしまったのかもしれない。

いつの間にか、高校生になった。

身長は平均を超えて、少なくとも「チビ」という名札は外れた。

傷付いてはいない。

泣いてもいない。塞ぎ込んでいるわけでもない。

でも、押し込めていた悔しさは残った。

いじりという名の凶器を振りかざしてくる奴らへの軽蔑と、
どこか人生が上手くいってそうな人への憧れとして。


高校2年生の時、転機があった。

化学のテストで満点を取った。

手応えなんてなかった。

ただケアレスミスが無かっただけ。

でも、先生が悔しそうにしていて、クラスの全員が僕を見て拍手をしてくれた。

それ以降、テスト後にある、生徒同士の確認作業。

「あの問題、何にした?」

みんなが聞いてくるようになった。

あれ以降100点を取ることはなかった。

でも僕は新しい名札を手に入れた。

化学ができる奴。

チビでもない。

バカでもない。

足が遅い奴でもない。

ちゃんと誇れる名札。

頼られることに興奮して、
頭から知らないホルモンが分泌された。

教科書はどんどん分厚くなった。

満点の栄光に、
一位の栄光に、
縋り付くように勉強した。

高校三年になる頃には、
「勉強ができる奴」として頼られるようになっていた。

みんな、大人になったのかもしれない。

まぁ、僕は忘れてないけど。

大学では、名札の付け方を覚えた。

いじられキャラという言葉から、距離を取った。

舐められる苦しさと、
その反対の栄光を経験して、
僕は一つの経験則を得た。

舐められると、ダルい。


夜の十二時を回っていた。

高速道路の車の音も静かになっている。

また作業が止まっていた。

外に散歩に出かけることにする。

小雨がファーコートを重くする。
歩くたびに靴の中に冷たい水が染みる。

何を考えていたのか、思い出せないのだけれども、15分歩いたらしい。

最寄りのコンビニに僕はいた。

昔バイトしていたこともあって、店員には丁寧に接したいと思っている。

レジの向こうの後輩らしき学生は気怠そうだが、
当時の僕よりはよほど神接客だ。

冬の深夜の売れ残りのチキンがなんでこんなにも美味しいのか。

作ってから時間が経っていて、劣化しているはずなのに、寒さが絶妙なスパイスとして肉の温かさを引き立てる。

自動ドアが閉まって、冷たい雨が頭を撫でる。

「完璧じゃなきゃダメなの?」

あの子の声が、ふいに浮かぶ。

僕は立ち止まった。

袋の中で、チキンの紙がぐしゃっと鳴った。

あのね、、、

わかってるよ。

口から出た言葉も。

引き攣った顔も。

行動も。

全部伝わる。

もう昨日には戻れない。

だって僕だって忘れないでしょ?

2年も一緒にいたのに、どうして突き放してしまったのだろう。

僕の人生に巻き込んだくせに。

完璧な理想の僕が、別の道を歩むって決めたんだろうね。

冷静になっても告げられたあの言葉は、きっと普段の僕を反映している。

酔っ払っていたあの子のポロッと出た未熟な何かを僕は心の中で軽蔑した。

傷付いたはずだった。

わかっていたつもりだったのに、
自分の苦しんだ凶器を僕はいつの間にか握っていた。

振るっていたことがショックだった。

努力すれば結果は出る。
未熟なのは、怠けてきたからだ。

そんな最低な宗教を、多分僕は心の中で少し信じていた。

そんな僕の思想が、言葉遣いの端々に出ている。

「偉そう」だって。


帰り道、きっと15分間、僕はあの言葉ついてまた考えている。

完璧だから凄かったのか。尊敬されたのか。

完璧って、本当はつまらないよね。

きっと僕がいい名札をつけられたのは、完璧だったからではない。

不完全ながら、未熟な承認欲求に従って、ひたむきに努力を続けたからだ。

きっと人間は簡単に変われない。そう言われたし、僕もそうだと思う。

だから、完璧主義をやめるなんて言わない。

小さい箱で100%を目指すんじゃなくて、80%を続けて箱を大きくしていく。

完璧じゃなくても、笑われても、
昔の自分が恥ずかしく感じてもいい。

不完全を見せる。

何年か後に不完全の美しさを理解できる人間になるように、尊敬できるように。

そういう思想と行動を、
毎日反芻することにした。


家に帰る頃には、雨は止んでいた。

寒い冬はまだ続く。

でも三十分歩いた体は、少し温まっていた。

部屋に戻り、机の前に座る。

画面には二日前から止まっている記事。

小学生の頃着けた汚い字で書かれた僕の名札をもう一度胸に留めた。

僕は、投稿ボタンをそっとクリックした。

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